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関東在住福岡人のまったり投資日記

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海外株式

オランダからイギリスに覇権が移る過程で、低利回りのためアムステルダムの商人はイギリスに投資していた

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「戦争と財政の世界史」を読みました。

大半が西洋近代経済史で、タイトルに関する内容は第6章と終章に書いてある程度で、このタイトルつけたの間違いじゃねと思わせました。

しかも「未開拓地がなくなり近代経済システムも崩壊する」という結論も急に出てきて?なのは留意が必要です。

日露戦争のロンドン市場での借り入れと現在の国債の発行を混同しているのもなんかおかしな感じがしましたし。

ただし、オランダとイギリスの隆盛過程と覇権の移行に関しての記述は興味深かったです。

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低利回りのためアムステルダムの商人はイギリスに投資していた


オランダはスペインとの独立戦争を経て独立したわけですが、アムステルダムは宗教の寛容性も高かったため、イベリア半島から追放されたユダヤ系など人口の流動性が高くなっていました。

商人の移動と共に商業情報のハブとしてアムステルダムが機能していたという点も覇権を握る要素となりました。

ところがオランダは元々分裂性が強い国家で、もっとも強力だったホラント州でも他の州が団結すれば自分勝手な行動をすることはできませんでした。

当時のオランダは比較的下層の人々まで公債に投資するような投資社会だったそうですが、オランダ人は有利な投資先を求めて、オランダ国内よりも外国に投資したそうです。

オランダは国家的に権力が弱く、投資をコントロールできないため、外国の投資先としてイギリス、次いでハンブルクに資金が流れました。

イングランド銀行が発行する国債を購入して、イギリスが覇権国家になるのに寄与し、ハンブルクも1619年に銀行が創設されて、その効果で欧州でも有数の為替取引決済の拠点として隆盛。

加えて当時のオランダは植民地もあまり多くなく、蒸気船も登場してないので大量の輸送も不可能で19世紀のイギリスと比べると世界全体の経済に及ぼす力はまだまだ小さかったんですね。

で、逆にイギリスは国家主導型の経済発展をし、国家が商人を保護して商人が負担していた自営のための費用を国家が肩代わりすることになり、取引コストの低下でオランダの貿易以上に盛んになりました。

興味深いのはオランダからイギリスに覇権が移る過程で、オランダの利回りは17世紀から低く、より高い金利を求めて絶えず国外に流れるようになったそうで、イギリスに最大の投資先を見いだしたのですね。

割とこれを見ておりますと覇権を握ったわけではありませんが、オランダを日本、イギリスをアメリカに置き換えると割と米国株だろうが米国債だろうが通じるところがあるような印象を持ちました。

まぁ、利回り高いからトルコやらブラジルやら南アフリカあたりに投資する人がいるのも、現在に至るまで共通と言えそうです。
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